注意⽋如・多動症(ADHD)は、幼少期より見出される発達⽔準に不相応な多動性‒衝動性、不注意によって診断される障害であるが、前方視的追跡によりADHD患者の半数が ADHDの診断を満たさなくなるものの、閾値に近い項⽬数の症状 を有していることが多く、日常生活の困難も高率に持続していることが指摘され ⽣涯にわたり 持続する発達障害として理解されるようになった.そのため,DSM‒5 では,ADHD は新設された神経発達症群のカテゴリーに加えられるとともに,成⼈期における診断を容易にするため成⼈における症状例の注記が添えられ,診断に必要な症状項⽬数が 17 歳以上では 6 項⽬以上から 5 項⽬以上に引き下げられた.また,症状発現年齢が 7 歳以下から 12 歳以下に引き上げられ,「⽇常⽣活に顕著な障害がある」という表現が,「症状が社会的,学業的,または職業的機能を妨げるまたは質を低下させている」と改められ,重症度分類ではわすかな障害から多⼤な障害までを含むこととなり,成⼈期 ADHD の診断基準は緩和され成⼈期 ADHD の有病率は 2.8%から 3.55%へと上昇することが⾒込まれていた。ところが,2015年〜16年にかけて⼩児期 ADHD と成⼈期 ADHD の連続性に疑問を投げかける複数のコ ホート研究が報告された。コホート研究は,⼩児期に ADHD と診断された患者のうち,成⼈期早期に ADHD と診断される患者が少ないこと,成⼈期に ADHD 症状のある患者のうち,⼩児期に ADHD と診断された 患者は少ないことを報告している。しかし,⾮ ADHD 者 の追跡研究からは,不安症や物質使⽤障害のため にみかけ上,遅発性 ADHD のようにみえる者も 存在することが⽰唆されており,他の精神疾患との鑑別,発達歴の⼗分な聴取が必要とされた。ADHDにおける神経⼼理学的研究は,成⼈期 ADHD においても⼩児期 ADHD と同様に遂⾏機能,報酬系,タイミングの時間感覚の障害を報告している。脳機能画像上の研究も集積し、成⼈期への持続の有無が神経⽣物学的 基盤に基づくこと,精神医学的介⼊ニードや⾏動上の問題を有する場合には,成⼈期まで持続し やすいことを⽰しており,このことがコホート研究の結果と臨床例の追跡との間の乖離を⽣み出 していると考えられている。ADHD には遺伝的要因が⼤きいものの成⼈期に発症する ADHD があると仮定した場合 環境因としてエピジェネネティクスのメカ ニズムが関与しているのではないかという仮説もある。⺟親の喫煙や飲酒,幼児期の⼼理社会的ストレスなどがエピジェネティック変化を起こし, ADHD 類似の表現型を発現するという研究報告が増えている。
神経発達症の遺伝要因と環境要因の関係につい ては,次のような考え⽅もある。ある⼈が神経 発達症の特性を強くもっていても,必要な⽀援が受けられたりして,保護的環境にある状態でその特性は⽬⽴たないが,保護的ではない環境となるとその特性が際⽴って診断可能の状態となる場合がある。成⼈期 ADHD の発症に関しては, このように環境の変化により発症閾値を超える場 合もあることを考慮すべきと考えられます。(例えば 幼少時からADHD症状はあったものの、保護的な環境によって保たれていた⼼のバランスが,⼤学進学,就職,結婚などをきっかけに崩れ事例化するケースなどがあてはまります。
ADHDの症状は、不注意と多動性・衝動性に分けられます。ADHDは小児期からの病気で、成人するにつれて衝動性が減り、不注意などが優勢になってきます。
- ケアレスミスが多い
- 1つのことに集中できず、すぐ気が散ってしまう
- 人の話を聞いていないとよく怒られる
- 仕事や作業を順序立てて行うことが苦手
- 約束や締め切りを守れない
- 片づけるのが苦手
- 忘れ物・なくし物が多い
- すぐに貧乏ゆすりなどの目的のない動きをしてしまう
- 長時間じっとしているのが苦手
- 思ったことをすぐに口に出してしまう
- 人の話を聞いていないと言われることがよくある
- 衝動買いをよくしてしまう
- 順番待ちが苦手
- 他人のしていることによく口出ししてしまう
成人期の ADHDは次のようなことで診断が難しいと言われています。その理由は年齢が上がるほど発達歴を聴取しにくいこと,幼少期からずっとADHD 症状が続いているため 本人がその異常に気づいていない場合があること,併存症が多く鑑別するのが難しいことなどが挙げられます。
問診を行い受診に至った動機,現在症 発達歴 既往歴などを聞きます。特に発達歴は詳細に聞きます。不安,抑うつ、気分の波があるかどうか確認する。しかし成人の場合 初診時は一人で来院することが多いので客観的な情報を得ることが難しい。さらに成人の場合は,ADHDという診断名を求めて来院する場合も多く,その場合は受診までADHDに関するさまざま
な情報を入手している経過で,意図のあるなしにかかわらず.自分の症状がADHDの色を帯びてくるということも少なくない。配偶者,職場の同僚,同胞などに早い段階に来院してもらい客観的な情報を得ることが大切である。
ADHDには自閉スペクトラム症を含む神経発達症,うつ病、不安症,双極性障害 依存(ゲーム依存,インターネット依存 アルコール問題など)などの併存症が多くみられることが知られている。他の精神疾患で病状を説明できるどうか確認します。併存する疾患は鑑別疾患でもあります。
ADHDの可能性が高い人には半構造化面接(CAADID)を行っている。CAAIDは成人に見られるADHD関連の症状を評価する目的で作成された検査です。パートIとパートIIに分かれパートIでは対象者の生活歴を簡潔かつ包括的に把握することにあります。背景情報/成育歴の記録、ADHD危険因子の有無の確認、併存障害のスクリーニング(基準E)をします。
PARTIIでは対象者がDSMのADHD基準A〜Dに該当するかどうかを判断することにあります。基準A〜Dについて評価した後、小児期と成人期それぞれについて、ADHDの診断を行ったうえで、ADHDそのサブタイプ(不注意優勢型/多動性-衝動性優勢型/混合型)を評価しますWAIS-4を行うことがあります。WAISは知的評価を行う検査です。ADHDの診断には知的評価が
大切です。ADHDによくあるパターンとして作動記憶(ワーキングメモリー)の低下,処理速度の低下がみられることがありますが 他の精神疾患でもみられることに留意する必要があります。DSM-5になり ADHDと自閉スペクトラム症が併存することが認められました。鑑別を行う必要な場合はADOS-2という心理検査を行う場合があります。ADOS-2は検査用具や質問項目を用いて、自閉スペクトラム症(ASD)の評価に関連する行動を観察するアセスメントです。行動観察の結果を 言語と意思伝達 相互的対人関係 遊び・想像力 常同行動と限定的興味、他の異常行動の5つの領域ごとに数値的に評価することができます。これはDSMの診断モデルに基づく判定ができます。
また一部の神経疾患.身体疾患.虐待.不安定な家庭環境などによってもADHD様の症状を呈することがあり 慎重に診断する必要があります。
Aさんのある日の1日です。会議中、空調や椅子の音が気になって話の内容に集中できず、上司に落ち着きがないと注意されました。午後、書類の書き間違いにより発注ミスが発覚しましたが、同様のミスを先週も犯しており、上司にこっぴどく説教されました。さらに怒られている最中も、ふと目に留まった床のしみが気になってしまい、話を聞いていないとさらに怒られてしまいます。最近では、バイトの学生にまでバカにされており、自分のことを生きてる価値のないダメ人間だと考えていました。
Aさんに子供時代のことを聞いてみると忘れ物が多く、教師からは「またか」と叱責されたり、授業中にも落ち着きがなく集中できず、私語をして注意されたりしていたとのエピソードがありました。
【治療結果】
まずADHDであることを自覚し、自身の苦手なこと、それを克服するためにどんな工夫が必要なのかを考えました。Aさんの場合、今日やることや必要な持ち物をすべてリスト化することで、症状の大部分は改善されました。また、作成したリストや家族や同僚、上司にも一緒に確認してもらい、抜け漏れがあればその場で指摘してもらうことにしました。家族や職場の協力もあり、Aさんのミスは徐々に減っていき、落ち着きのなさも少しずつ改善されてきました。
Bさんは片付けが苦手で、掃除をし始めてもいろんなことが気になってしまい、作業が進みません。そんなBさんのある日の1日です。この日は掃除の途中に料理のレシピを発見して、掃除の途中で料理を始めてしまいました。料理をしている最中に足りない材料があったので、スーパーまで買い物に出かけます。買い物をして帰ってきたら子どもを幼稚園に迎えに行く時間だったため、お迎えに。その帰りに新しい雑貨屋さんがオープンしているのを発見し立ち寄り、帰ってきたら既に夜19時。すぐに夫が帰ってきましたが、掃除も洗濯も終わっておらず、夕飯もできていませんでした。こんなことが毎日のように続き、夫婦仲は最悪。Bさんは、自分が家を出て行った方が良いんじゃないかと考えるようになりました。
Bさんの子供時代も片付けが苦手で遅刻しがちで、宿題をよく忘れ、クラスメートとの会話では、場の空気を読めず会話に入ってしまい、仲間はずれにされることがあったということでした。
【治療結果】
Bさんは「ちゃんとしなきゃ」という気持ちが空回りしている状態でした。まずは手を抜けるところは抜いても良い、完璧じゃなくても良いとアドバイスをしました。そして、散らかったものを1回につき10個だけ片づけるという「10個片付け」を毎日行うことに。数を決めることで途中で気が散ることなく、最後まで片付けができるようになりました。毎日片付けを最後までやり遂げることにより家の中も綺麗になり、他の家事も徐々にうまくいくようになりました。
ADHD の治療についてはまずADHD の診断をしっかり⾏うことが前提です。治療には⼼理社会的治療,薬物療法,併存
疾患の治療の3つがあります。ADHD の治療⽬標は症状が完全になくなることではなく⽣活の中で悪循環的な不適応状
態が好転し ADHD 症状を⾃⼰の⼈格特性として折り合えるようになることです。まずそのためには特性について理解
することが必要です。診断結果について伝えると肩の荷が降りた、モヤモヤしていたのが晴れてすっきりしたと肯定的
に受け⽌める場合もありますが,治らない、変えられないと投げやりになって 否定的、悲観的になる場合があります。
特性を受け⼊れるには時間が必要かも知れません。苦⼿なところばかりでなく ⻑所についても⽬を向けることが必要
です。⼼理特性を理解すると その特性を伝えサービスを利⽤して 他⼈に助けを求めることもできます。周囲によき
理解者、⽀援者を得ることが閉塞感や孤独感を和らげます。会社などにはADHD という病名を伝えてしまうとかえって
不利益になる場合があります。業務上困っている点について説明し可能な範囲でサポートをお願いします。対処法を検
討すると楽になることがあります(失⾔が多い場合には,話始める前に深呼吸する 頭に浮かんだことをメモにとる
衝動買いする→買い物する⽇を決める クレジットカードを持たない 期⽇を守れない→スケジュール表を⽬に
つくところに貼る 予定を⼿帳などに記録する,スマートホーンのリマインド機能 アラーム機能の活⽤、 作業を
最後まで仕上げられない→作業を⼩分けにして対応する,優先順位をつける 優先順位がつけられない→To do リ
ストの活⽤,情報を⾊分けしたり,番号を振る 忘れ物が多いー必要な物は1ヶ所にまとめておく ⽚づけら
れない→しまう場所を決める 使わない物は捨てる 仕事に集中できない→机の上の整理 パーテーションの利⽤
書いたメモを忘れる→ノートを⼀つ決めて持ち歩く 予定を詰め込む→空き時間を意識的に作る うっ
かりミスが多い→毎⽇の業務や家事の中でルーティン化できるものルーティーン化する チェックリストを利⽤ チェ
ックリストはスマートフォンのメモ帳で作成 聴覚過敏→イヤホンの使⽤ 何事もネガティブ
に考えてばかりいる場合は否定的な認知の修正が必要です。環境調整では⼈の⼒を借りることです(ケアレスミスをす
る→ダブルチェックをお願いする 期⽇が守れない→声かけをお願いする 指⽰が覚えられない→書きとめ、合ってい
るか尋ねる ミスを前提に考えて ⼀緒に働いている⼈も「完璧を」を求めない,2つのことを同時に求めることは難
しいのでどちらを優先させることが必要です)環境調整を⾏った上で ⽣活の困り感が続くようであれば薬物療法につ
いて検討します。成⼈に使うことができるADHD 薬はアトモキセチン(ストラテラ)、メチルフェニデート徐放剤(コン
サータ),ガアンファシン(インチュニブ)の3剤があります。服薬すると症状が軽くなることがあります。これらの3
剤は持続時間,効果発現時間,依存リスク,流通制限などを考慮して処⽅すべきだと考えられる。ADHD の7割に併存
疾患がありそのうち5割は複数の併存疾患が重複していることが知られています。症併存疾患がある場合はガイドライ
ンに沿って治療します。福祉やハローワーク、就労移⾏⽀援との連携が必要な場合もあります。治療が進み ⽣活がし
やすくなると⾃尊⼼が回復し 特性を⾃分らしさとして受けいれることができるようになります。
1)注意欠如・多動症発症のエピジェネティクス仮説 ― 成人期発症と児童期発症との違いの解明に向けて―
今村 明、金替 伸治、山本 直毅、船本 優子、田山 達之、山口 尚宏、黒滝 直弘、小澤 寛樹
2)精神経誌(2018)120 巻11号 1018-25
注意欠如・多動症の成人期への連続性と不連続性 ― 脳画像研究・神経心理学的研究を中心に
岡田 俊 精神経誌(2018)120 巻 11 号 1011-1015
注意欠如・多動症―ADHD-の診断・治療ガイドライン 第5版 齊藤万比古 飯田順二 じほう